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木枯らし First Seasonal Wind of Winter

2011/10/26 23:53

木枯らしやコンビニでまた義捐金

First wind of winter
Again a donation box
At the convenience store


こがらしがココアを連れてやってきた

First wind of winter
The warmth of
a cup of cocoa

社員食堂で夕食。東京タワーの明るさ。夜景の美しさがかえってさみしくなる。人恋しくコンビニに立ち寄るも、目当ての新商品が並んでいなくて三周棚を廻っても何も買えず。来週までタイ洪水の義捐金を募っていることを知る。そして待つ人のない家でココアを温める。探していたのはココアだったんだ。静かな夜、足先がどんどん冷たくなる。
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二本松 Farming in Nihonmatsu City

2011/10/23 23:25
福島県二本松市といえば菊人形である。今年も無事開催されている(11月13日まで、入場無料)。

二本松駅にも菊のマーク(2011年9月撮影)。

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さて、今年のコメの予備検査(9月23日)・本検査で500ベクレル/キロのセシウムが検出された二本松旧小浜町には9月初旬に墓参りをした。このとき、農業を今年から始めたいとこが畑を見せてくれ、複雑な気持ちになった。いとこは農業で生計をたてているわけではないが、考えるところあって農業を始めたところに原発事故が起きた。

二本松旧小浜町から高い放射線量が検出されたときの報道の説明は、田んぼの土壌が「放射線を吸収しやすい砂地だから」というものである。思い当たるのは、子どものとき祖母の庭で見た土。キラキラした平らな屑が混ざった水はけのよくない土。その土が放射線を吸収しやすいなんて。報道・ネットで紹介されているように、小浜町の田んぼは狭く、機械でのコメづくりが効率よいとはいえない。JAみちのく安達のホームページをネット検索すると、主要産物として「キュウリ」「リンドウ」「ネギ」「インゲン」「トロロ」と紹介があるが、私の今住んでいる都会でも比較的よく買えたのは「タラノメ」である。山形産なども見るけれど、JAみちのく安達と貼ってあるパックを見るたび例年春が来たと嬉しくなったものだった。今年は無論、見なかったし、もう見ることはできないだろうと思う。

もともとこの地域で多かったのは葉タバコ農家。いとこは、県の葉タバコ育苗センターに土地を貸していた。葉タバコ農家の減少に伴い、育苗センターとの土地契約が今年解消されたか何かで、いとこはその土地を活用すべく、農業を始めた。まず今年はイチゴ「ふくほのか」を植えた。いとこはイチゴについては楽観しているのだが、私はまず産地としては宮城県だろうし、町内で消費してもらう以外難しいのでは、と思う。東京の敏感さに私は毒されているのかもしれないけど、いとこにはいとこの事情があり楽観しているのだろう。

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イチゴ栽培を計画したのは、福島第一原発の事故の前であり、東電には補償を請求する予定とのこと。

シイタケは取りやめ、原木は地中に保存しているという。地中深く埋めれば大丈夫といとこは言うが。。。

土地に適していたのか、スイカとズッキーニがよく育っていた。
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ズッキーニは家でどう調理したらよいか、そんなに大量に食べられるものではないし、といとこ。
いとこがもいでくれたトマトは完熟で、とてもおいしかった。

消費者は消費者で放射線をおそれ過敏になる理由はたくさんある。我が家では母が食材の産地を厳しく制限している。自分で自分や家族の健康を守るしかないのだから、そうするしかない母の行動もわからないでもない。40代以上は健康への影響はそうないと言われても「母」というものはそういうものなのだと思う。実際、いとこの畑の作物を食べて大丈夫なのだろうか?いまこの畑に立っている私は大丈夫なのだろうかと感じたし、イチゴは安全と誰が判断するのだろうかとずっと気がかりだ。

その小さな畑に実際に立ってみて感じたことを、私が書いてみたくなったのは、「ここで生きていくほかない」人たちと消費者の間にすごく隔たりがあると感じているから。

生計がかかっている生産者の側にも、言葉にできない苦々しい思いがあるのだと察する。「二本松」というだけで「福島産」というだけで売れない。「悔しい」といえるのはまだ続けられている農家であり、土地に帰れない人たちも多いのだ。田舎には都会の私にはわからない(先祖代々から・土地がからむ)利害関係がある。おいそれと口出しはできない。その土地を守り、その土地で糧を得てきていまも生きている。郡山の祖母は日曜の朝市(おはよう市場)で野菜を買っている。その朝市も中断していたのが、先ごろ復活したと聞いた。重たい荷物は全部生産者のおばちゃんが面倒を見て運んでくれ、暮れには大量の泥ネギが、我が家におばちゃんたち経由宅配便で届く。日曜のひとときに、生産者の方に気遣ってもらったり、植物や野菜の話をしたりするのが祖母の楽しみのひとつ。おばちゃんたちは、誰もがこの不安ないまの日本で、きっと今日も頑張っているに違いない。祖母に代わっておばちゃんたちにお礼を申し上げたい。

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玉兎:弥彦村で見た意匠 Rice products and designs of Yahiko

2011/10/22 00:25
新潟県西蒲原郡弥彦村。弥彦山にはロープウェイで上る。

東京スカイツリーの高さが実感できる634メートルの山頂からは、越後平野が見える。
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(写真左の樹は固有種のヤヒコザクラ。)

小学校の社会科で習った「米どころ・越後平野」の広大さが初めて実感できた。
そして反対側には海。「向こうは佐渡」。この日は残念ながら佐渡は雲の中。
海も平野も見え、なるほど神様が降り立つ山だと清々しい気分になる。

弥彦山を降りてシャトルバスで運ばれると、もう弥彦神社の境内になる。(写真:弥彦酒造・こしのはくせつラベル)
11月の菊祭りには初詣よりも多い参拝客が訪れるそうだ。
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ラベルには雪模様が見えるが、弥彦村は県内では比較的雪が降らないそうだ。

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弥彦神社のお土産といえば落雁の「玉兎」であるが、境内の灯篭にも兎の意匠のものがあった。
(写真:大正2年建造の参道の灯篭)
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「玉兎」のお菓子の由来に心和む。弥彦の神様から米作りはじめ農業を教わった農民たちは、田畑を荒らす兎に困っていた。弥彦の神様が兎を集めて諭したところ、兎は悪さをしなくなった。農民たちは感謝の気持ちを込めて、収穫した米で兎の形をしたお餅(うさちもち良幸餅)を作り供えた。神様は喜んだ。

もとは「玉兎」は米粉のものしかなかったが、和三盆を混ぜたもの、餡入りのもの等いくつかの種類、チョコレートでできた「ちょこっ兎(と)」のバリエーションがお土産品として作られるようになった。米粉(微塵粉・味甚粉)を型に入れてつくる菓子(落雁)を和菓子の分類では「打ち物」ということを初めて知った。
(写真:笹屋菓子舗 献上菓 「伊夜比古玉兎」。稲穂つきの包装が美しい)。
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(美しい箱デザイン:ちょこっ兎、糸屋菓子店元祖「玉兎」)
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「玉兎」のほか、三笠屋「きんぴらだんご」http://yahiko.lesson123.info/info/gift.html、長岡市の浪花屋製菓(元祖「柿の種」)http://www.naniwayaseika.co.jp/index2.htmlの大きな柿の種「大辛」などを試し、弥彦村のコシヒカリまで宅配便にした。新潟が身近に思えて、魚沼産コシヒカリも一度でいいから買ってみたいというのが我が家の話題である。
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新米this year's harvest rice

2011/10/19 00:33
(新潟県弥彦村にて)
新米や郵便局に積み上がり


(On my visit to a village in Niigata called Yahiko, famous for the Yahiko Shrine)
New rice
Piled up as parcels
At the post office




(二本松市の新米の初出荷式のニュースを見て)
新米の万感の重さ受け止める

(Upon the news that the new harvest rice of Nihonmatsu City, Fukushima Prefecture are safe of radioactivity and farmers began today the first delivery to consumer channels.)
New Rice
and all what is felt
are felt with its weight


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秋夕焼 autumn sunset

2011/10/04 00:10
二十年勤務し仰ぐ秋夕焼

Autumn sunset
Reflecting my twenty years' service
at work


十月一日。日本酒も新年度に入った。無事、復職して一年を迎えることができた。感無量。
そして十月三日、永年勤続表彰を受ける。これは思いがけないことで1週間前からとても嬉しかった。

二十年を振り返ると、最初の十年はがむしゃら、求められるままに頑張った。思わぬほど多くの国の人と働く機会に恵まれ、上司にも同僚にも恵まれた。我利我利亡者の私は、その恵まれた環境に満足できず、もっと多くを望んだ。

荒海に飛び込む最初のペンギンになったのだが、エルニーニョの影響をもろに受け、海は冷たく、潮の流れは思ったより激しく、傷を負って拾われた部署で次の十年、治療のための休職を繰り返した。休む過程で知りえたのは、そのときどきのマネジメントの奮闘ぶりである。前例のない長期病欠、突然戦線離脱する私を抱える苦労、言いたいことの3分の1も私に言えない上司たちは、苦労したと思う。それでも道を閉ざさないでくれた。若い人たちにも迷惑を掛けた。支えてくれる人もそうじゃない人もいて、で結局辞めずに今日あるということは、優しい人のほうが多かった証拠で、見えない力が働いた結果。いま見える景色は、我利我利亡者には見えない景色、と思う。感謝することばかりである。

欲張りな私は、それでもなお、「無から形あるものを作る」ことは楽しい、と思っている。発注を請けて締め切りまでに成果物を仕上げる「受け身」ないまの部署であっても、「形」にするには数多くの経験が必要で、その過程で私の人生にも応用できるさまざまな検討をすることになる。私一人では見なかっただろう景色を見て、私は大人になるのだと思う。欲張りな私は、見たいと思っている。

さて、十月一日、久しぶりに家族でイタリア映画「あしたのパスタはアルデンテ(mine vaganti)」を見た。パスタ工場のオーナー一家の「イタリア版・渡る世間は鬼ばかり」だが、良質のドラマ。登場人物ひとりひとりに深刻な事情(ドラマ)があり、コミカルななかにも生真面目さが伝わってきて面白かった。

久しぶりの銀座なので、うおがし銘茶銀座店で抹茶セット500円を楽しむ。http://www.uogashi-meicha.co.jp/shop_01.html

まず冷たいほうじ茶が出て、次に濃茶。
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丸い茶碗が手になじむ。秋のしつらいは、黒地に金色の月の絵、その下に、柿と栗が大きな盆に盛られていた。実りの秋である。


お菓子は「京都鶴屋吉信」の「名月うさぎ餅」。
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このあと、お薄。写真にできず残念。ここの抹茶はちょっと風味が変わっていた。


夜は、かごしま遊食豚彩「いちにぃさん」へ。http://ichiniisan.jp/
とても久しぶり。このお店は、ひとりカウンターに座ると離れられなくなるのが危険なので、仲間と舌鼓を打つほうがよい、両親を連れてもよし、相変わらず満足度が高い。この日のおススメはマグロのお刺身。楽しみは、焼酎利き酒「桜島」セット。やっぱり「島美人」が好きと再確認。しゃぶしゃぶについてくるお蕎麦とネギたっぷりのお出汁がおいしくて、追加オーダーをしたほど。

手に持っているのが、島美人。中央が桜島、左がさつま白波。

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